散骨について考えてみる

  • 散骨を取り巻く環境と歴史

    • 日本国内では、古来より皇族では死体を安置する殯の宮を建築し、建築した殯の宮に遺体を基本的に3年安置した後に土葬で葬送されています。実際に昭和天皇の葬儀の際にも2カ月と極めて短期でしたが、皇室葬儀令に従って殯が行われています。

      しかし、538年に仏教が伝来してからは第41代持統天皇以来41の天皇が火葬に付されていますが、西暦840年平安初期に崩御した第53代淳和天皇は遺詔により天皇で唯一京都大原野西院で散骨を行っています。散骨は、墓地、埋葬等に関する法律の第4条の埋葬又は焼骨の埋蔵は墓地以外の区域に行ってはならないと言う条文により野山や河川及び海洋への遺骨や遺灰の散布は違法であり、刑法第190条死体損壊罪及び遺体遺棄罪、第191条の墳墓発掘死体損壊罪及び墳墓発掘死体遺棄罪に抵触すると考えられて来た経緯があります。

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      しかし、1991年10月に葬送の自由をすすめる会が神奈川県の相模湾沖で海洋葬を強行した結果、当時の厚生省や法務省が法律上グレーゾーンの散骨を節度あるという言葉で黙認した形となり、遺灰を海や山など自然に還す散骨が日本全国で行われています。

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      散骨の実施に関しては、政府や立法機関による法整備が行われておらず、各都道府県の地方自治体レベルで条例や規制、区域などを施行している現状がある為、散布業者の開業申請を一切認可しない地方自治体や遺灰の散布自体を認めない地方自治体があります。



      その為、条例や規制の制限の多い山や河川でよりも、条例や規制が比較的少ない海洋で行われる事が多くなっています。

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